免震構法をみんなのものに 建築士事務所協会会報かながわ1999年掲載
くらしに安心を
大地がいま揺れ動いています。台湾、鳥取から三宅島に至る一連の地震と火山情報に加えて、テレビ画面に地震のテロップが流れない日はありません。 下記は私の住奈川県西部地域の地震活動経過記録です。プレート移動説として、一定のスピードで歪みが蓄ば、経過年数からみていつドーンと来てもおかしくありません。
先の阪神大震災での死亡者6300余名の80%は建物倒壊、家具転倒による圧死とされています。よく考えると、私達みんなが喉元に刃を突き付けられている状態にあります。 どんな地震が起きても安心して暮らせる建物を造る事に、今こそ力を尽くしたいものです。
安全な建築 地震は一種の振動現象です。地盤も建物も固有の振動特性を持っていますから、これをうまくアレンジすると建物にはいる地震力をかなり小さくすることができます。 例えば、硬い建物を硬い地盤に建てると、地震時は大きな衝撃を受けますが、柔らかい地盤の上に建てると地盤がクッションの役割を果たし、接地面でもずれが発生すると衝撃は小さくなる事が理解できます。 こうした現象を捉えた先人達の工夫が「建築雑誌」にも紹介されています。
 図は1891年12月号に掲載された河合浩蔵の設計図です。丸太を敷き並べた上に基礎と建物が載せてあり、免震構法の最古の論文とされています。 100年の歳月を経て実用化に至った免震構法は、安全な建物つくりを願う人々の世紀にまたがる研究活動の大きな成果となります。 では、免震構法の安全性は確かなのか。神戸市の北区にあった免震構造のウエストビルは震災で全く被害を受けませんでした。 更にその1年前の1994年1月、ロスアンゼルス北西部でノースリッジ地震が起きました。 次のようなレポートがあります。 「免震構法を採用した大学病院では緊急脳外科手術が準備され、メスを入れようとしたまさにその時、地震の揺れが感知された。建物の穏やかな揺れがおさまるのを20〜30秒間待ったのち手術は始められ、滞りなく終了した。 その間、在来構法による近隣の病院では医療機器の転倒、天井仕上材、照明器具の落下、スプリンクラー配管の破断による漏水で全館水浸しになる等、病院機能が完全に麻痺する事態が進行していた。最も必要なときに地区内の病院で1000床が閉鎖された。」 神戸でも震災直後の病院は同じような状況にありました。
使いやすく長寿命の建築 免震構法では、ピロテイ形式、全面開放の窓、大きな吹抜け、凹凸のある平面、組積構法採用など、計画の自由度が広がります。構造体が地震エネルギーを吸収する事に余りこだわらなくてもよい事と、偏心等の影響は免震装置で処理できるからです。 また、地震で壊れない免震構法は長寿命建築となります。産業廃棄物の45%は建築廃材と言われる中で、構造体が「ロングライフ」につくられるならば、環境問題にも「省資源、省エネルギー、少廃棄物」として有効となります。
免震構法が手元に この6月に施行された新基準では、免震構造の確認申請が一般の建築と同じく建築主事の決済となりました。 設計も手計算で行い時刻歴応答解析などの電算処理は用いないでも良い事となりました。 いよいよ、免震構法が広く使える時代になりました。安心、安全、使いやすく長寿命の建築づくりに、耐震技術の大きな成果を、より多くの人々の為に役立てたいものです。
実施例から この1月に、鉄筋コンクリート造3階建の小さな診療所に免震構法用いました。現在2階の躯体が立上がったところです。建築センターの評定番号は777番目でした。 敷地はローム大地(固有周期が0.22秒)であり、在来構法では大地震時にかなり大きな衝撃を受けると判断しました。診療所の医師は、震災時にも医療行為が発揮できるようにとの考えから免震構法を採用されました。 この設計では、河村壮一氏(大成建設技術研究所)の「免震装置の簡易設計法」(東京都立大学大学院講義ノート1999)による手計算法を用いました。センター評定では「簡易計算法は如何か」と言われましたが、みんながもっと手軽に使える方法があっていいと思い、この計算法にこだわりました。下記の諸表は、設計結果の主な指標値です。 現在、隣まちの秦野市内に建つ木造平屋の診療所に免震構法を採用し、作業を進めているところです。 秦野一帯には丹沢山系に至る活断層があり、神奈川県西部の震源域に接近しています。 みなさんの地域の地震活動歴、活断層の所在などは如何でしょうか。
想定した地震動
|
最大加速度(cm/sec2) |
最大速度(cm/sec) |
最大変位(cm) |
レベル1 |
250 |
25 |
20 |
レベル2 |
500 |
50 |
40 |
応答値
|
応答加速度(cm/sec2) |
ベースシア係数 |
応答変位(cm) |
レベル1 |
120 |
0.122 |
4.2 |
レベル2 |
237 |
0.242 |
19.2 |
免震装置の性能
種 別 |
天然ゴム系積層材+鉛ダンパー各6基 |
安定限界変形 |
24.3(cm) |
性能限界変形 |
34.0(cm) |
終局限界変形 |
38.9(cm) |
免震効果 免震装置を取り付けた建物の固有周期は2秒程度となりました。大地震時の地盤と建物の相対変位量は最大19.2cmとなりますが、免震装置の安定限界変形能力は24.3cmですから、この変形を余裕をもって吸収できます。建物はこの間をゆっくり揺れる事でしょう。 建物に入る地震力も「中地震」程度となるので、全ての部材が弾性限界耐力の範囲内にあり、損傷は発生しないものと判断できます。 免震装置の挙動は実験で確認されており、それは解析結果とほぼ一致します。従って、上記の結果は従来の「耐震構造」の計算結果に較べて信頼性が高いものとされています。
参考文献 梅村魁 大澤胖監修 河村壮一著 「耐震設計の基礎」オーム社 1984 多田英之監修 高山峯夫 他著 「4秒免震への道」理工図書 1997 日本免震構造協会編 「免震構造入門」 平成7年版
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